骨まで愛せるか
- 2024.03.19 Tuesday
- 23:38
最近、作品に対しての「愛」という事について考えております。
いや、40も半ば過ぎて何を青臭い事を…と思うかもしれませんが、まぁ…なんだか思う所がありまして、ボケーっとしていると頭を巡らせてしまうのですよ。
前提として、この世の「作品」と呼ばれるのもに完全無欠、完璧なものなど無いと思うのです。
芸術とか音楽については私は門外漢なので良く分かりませんが、映像作品なり小説、漫画だったりする場合…完璧なんてものは存在しないと思うのです。限りなく趣味嗜好が合致して本人にとっては完璧に近い…というのはあるかも知れませんが、せいぜいがそれ止まり。いや、それでも自分にとっては「〇〇」という作品は完全無欠の完璧だ、という人もいるかも知れませんが、それはきっと欠点に気づいていない振りをしているだけかと思うのです。
特に「作品」と呼ばれる様なモノに関して言えば特にそう。
例えば、シリーズモノとかのファンでもアレはあの場面がダメだ、コレはこの設定がおかしい…なんて語る人はいますよね。
多分、そういう人にとってその人が求めてやまない理想の「〇〇」ってのは、本人の頭にしかない。故に、そんなもの他人が正確に作れる筈なんてない訳です。
そんな人達の繰り出す文句に対し、「じゃあお前が作ってみろよ」と返す人もいますよね。まぁ…返すパターンとしては正直、最低なものだとも思ってしまうのですが。
でも…仮に言われた側がクリエイター側に立ったとしても、恐らくは自身の理想を完璧に作品にて表現しきれるか?と言うのが疑問。コレはクリエイターとしての才能であったり資質、技量の問題ではなくて、クリエイターというのは常に高みを目指す立場であって、自身の生み出したものが完璧だ等と思ってしまう事は、クリエイターとしての向上心を失う事に等しいのではないかと。分かり易い所で言えば、富野氏なんか良い例で、自身の作品に関して殆どがクソミソにこき下ろしてますよね?最近ではそうでもない発言もありますし、氏の発言に関しては聊か暴走しがちなので額面通りに受け取れない部分も多々ある訳ですが。
…なんだか話がとりとめなくなっている気がしますが、私がへそ曲がりなせいもあるかも知れませんが、自画自賛ばかりするクリエイターの作品は率先して見たいとは思えないのです。自己満足するのは結構ですが、私にとってそれが面白いかは別の話なのでね。
というか、クリエイター側の話は今回どうでも良いんです。
作品に対して、あまりに盲目的な人達…この人達の作品愛ってのはホンモノなのか?と思う事があるんですよ。
いやね、本人が自分の愛はホンモノだ、というのならホンモノなんだと思います。少なくとも本人にとっては。
但し、自分が支持する作品を持ち上げる為に…例えば他の作品を「古い」だの「底が浅い」だの「パクリ」だのと貶めてみたり、支持する作品の欠点を指摘されてもその意見に反論するならいざ知らず、怒り狂ってその意見を認めようとしない…というのは、作品に対する「愛」ではないのではないかと。言わばそれは、「その作品を愛する自分への愛」ではないのか?と思うのです。ファッションですよ、そんなものは。
いや、こいつは私の意見であって、それが絶対的に正しいと主張したい訳ではないのです。
でも…ホントの良い友達とか、恋人って駄目な部分とかも含めて…と言いますか、そういうの諸々踏まえた上でなお一緒にいたいと思える人でしょ?
…作品も同じじゃないかなぁ…と。
作品のダメな所にも向き合い、受け入れてなお、やっぱり好きだ、面白い…そう思えるのが作品に対する「愛」なのではないかと。