人間賛歌は「勇気」の賛歌
- 2023.12.17 Sunday
- 19:12
今回は彼です。
「ジョジョの奇妙な冒険」第四部より 川尻早人
幽波紋…スタンドという斬新な能力により、ただの殴り合いではなくルールや条件が伴う能力を駆使した緊張感あふれる頭脳戦を展開したのが「ジョジョの奇妙な冒険」の第三部…後年つけられたサブタイトルで言えば「スターダストクルセイダーズ」な訳です。仇敵・ディオが滞在しているというエジプトに向かう承太郎一行と、ディオの命で彼等の抹殺を目論む刺客達との緊張感あるバトルからシリーズでも随一の人気を誇っております。
そして承太郎達の旅路が完結した後に開始した第四部…「ダイヤモンドは砕けない」は旅モノだった第三部とは打って変わり、杜王町という地方都市を舞台にした街モノというスタイルになりました。
第四部が第三部と大きく違う所は、中盤までは明確な"敵"の存在しなかった点でしょうか。第三部ではエジプトまでの旅路で何度も刺客の襲撃に遭う…という命がけの戦いが続きましたが、第四部では状況的にやむなくだったりで仗助達を積極的に狙ってくる事もなく、バトルモノという観点で言えばスケールダウンしている風に感じる展開が続きます。互いに引かれあう…というだけあってか杜王町には様々なスタンド使いがいたり現れたりしますが、殺人などの重犯罪を行っていたのはラスボスである吉良吉影含め数人しかおらず、トニオや辻彩の様に基本無害なスタンド使いも多くなっています。それでいて仗助以上に主人公的なキャラクターの康一をはじめ、相棒的な億泰、前々作主人公のジョセフや前作主人公の承太郎、実はキーキャラだった岸部露伴といった仲間側の戦力が非常に充実していたりします。それ故、バトルの緊張感が薄れた、だの敵のスタンド使いが総じて強くない、的な批判も受けたんだとか。
そんな批判を受けたうえで登場させたのが、第四部のラスボスである吉良吉影。
歪んだ性的嗜好から手のキレイな女性を何人も殺め、その手としばらく生活するというサイコパスながら、自身は注目を浴びる事を嫌い、静かに、平穏に生きる事を望む…という非常に狡猾なキャラクター。
自身の秘密を知った重ちーを殺害した事で、その犯人捜しに躍起になる仗助らに追い詰められ重傷を負うも、たまたま遭遇した自分に背格好が近い川尻浩作を殺害、辻彩の能力で成り代わる…この川尻浩作の息子こそが、川尻早人です。
吉良が浩作に成り代わる前は妻・しのぶとの関係は冷め切っており、その子供である早人は「自分は愛し合う両親から生まれたのか?」という疑心暗鬼に陥っていた様で、両親の部屋を盗撮、盗聴していたという…少々歪んだ小学生…そう、"小学生"なのです。
吉良が浩作に成り代わってからは夫婦関係は修復…家族間は円満になったものの父親の変貌に強い違和感を感じていた早人は、両親を盗撮していた事で吉良の殺人の瞬間を目撃してしまう。そこで彼は「殺人鬼が父親になりかわった」事を確信、母を守る事を決意します。しかし行動を不審に感じていたのは吉良の方も同じ。問い詰められ窮地に陥った早人は「殺人の証拠を隠している」と逆に吉良を脅迫、母と自身に手を出すなと告げるも逆上した吉良により殺されてしまいます。
早人を殺めた事で深く絶望した事が引き金となり、吉良は"バイツァ・ダスト"なる新たな能力を得る…これは簡単に説明すると、「時間を爆破して不都合を『無かった事』に出来る」というトンデモ能力。時間が巻き戻り生き返った早人は、この時点で吉良の正体を暴こうとする物を爆死させ時間を巻き戻す爆弾とされてしまった。勝利を確信した吉良は吉良は彼に停戦という名の隷属を提案…。
早人は繰り返される時間の中で、偶然出会った仗助達が自分から吉良の情報を聞き出そうとして爆死する運命である事を知り、一度でも吉良について自分に聞いた者は巻き戻された後に吉良について聞かなくとも爆死する事、吉良の正体を探るものが爆死した後に吉良がバイツァ・ダストを解除したら爆死した者は死が確定してしまう事を知る。即ち、吉良が死ぬか、仗助達が爆死する前にバイツァ・ダストを解除させるしかない…。早人は祈ります。
「どうかぼくに人殺しをさせてください」
しかし猫草を使っての吉良殺害を果せなかった早人…そんな早人が時間を繰り返し自分の行動を邪魔し続けていた事を確信した吉良は、仗助達が爆死した後にバイツァ・ダストを解除すると宣言、勝ち誇る吉良だったが…
…ここで逆転劇が。
刑事ドラマなんかでよくありますよね?ラストで刑事が犯人と対峙し、犯行が犯人のものである事を証明していくも具体的な証拠は何もない。そこに犯人が気づき「自分が〇〇を使った証拠はあるのか」的な事を言って勝ち誇るも、実はそれが犯人しか知りえないワードで、「私は犯行に使われたのが〇〇なんて一言も言っていないし、マスコミなどにも伏せられている情報だ。それを知っているのは我々か犯人だけだ」…と、いう奴です。
コレに似た作戦を早人は実行するのです。何度も繰り返した時間の中から情報を集め、トライ&エラーを繰り返し、どうすれば吉良を止められるか、母親を守れるのか…幼いながらも必死にもがき、この状況に持ち込み…運命に勝ったのです。
そしてようやく仗助達と吉良の直接対決にまでこぎつけた後も、早人はクレイジーダイヤモンドの能力があるとはいえ、自らの命を省みない勇気を見せ、億泰に
「おめーのそのブッ飛んでる根性…プッツンしてるぜぇ〜川尻早人 まじに小学生かよ…小僧〜!!」
と言わしめる程。
そう、ジョースターの血統でもなければスタンドや波紋といった能力を持たない…どこにでもいる様な小学生が、極めて用心深く狡猾な殺人鬼の正体を暴いたのです。事件解決後、父親のとなった鞄を抱きしめる小さな背中に、仗助達も何も声をかけることが出来なかった…吉良を止めはしたが、達成感や高揚感などありはしない哀しい勝利…愛する夫に殺人鬼に成り代わっていた事など知る由もない母と共に、決して帰らないパパを共に待つ早人の姿が堪らなく切ない。
でもこれだけは言いたい。吉良を止めたのは早人の「勇気」だ、と。
川尻早人は言ってみれば脇役…しかし第四部のクライマックスでは間違いなく仗助よりも主役然とした活躍を見せるので「主人公列伝」カテゴリにしています。荒木先生言う所の「人間賛歌」というテーマがシリーズでも非常に色濃く出ているのが、彼なんじゃないかと思うのです。